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小田凱人はハーフ?生い立ちが壮絶で実家や両親についても

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小田凱人(おだときと)さんは、車椅子のテニス選手として活躍している日本のプロ選手です。

2021年には車椅子テニスジュニア世界ランキングで史上最年少で優勝、数々の賞を獲得し、今では史上最年少世界王者として大活躍しています。

小田凱人さんは整った顔立ちをしていますが、小田凱人はハーフ?生い立ちが壮絶で実家や両親について気になっている方も多いのではないでしょうか。

今回は、小田凱人さんについて

  • 小田凱人さんはハーフ
  • 小田凱人さんの生い立ちは?
  • 小田凱人さんの実家ご両親は?

など紹介していきたいと思います。

小田凱人はハーフ?

小田凱人さんがハーフかどうか確信をつく情報はありませんでした

もしかすると整った顔立ちや凱人(ときと)いう珍しい名前から、ハーフなの?と思われたのかもしれませんね。

小田凱人さんのご両親についての情報はほとんどありませんでしたが、両親の国籍は日本である可能性が高いようです。

そのことからも小田凱人さんはハーフではなく、日本人の可能性が高いと考えられますね。

小田凱人の生い立ちが壮絶すぎる!

小田凱人さんの生い立ちは、見てる皆さんにも勇気を与え感動させられます。

小田凱人さんは、サッカー選手の本田圭佑選手やリオネル・メッシ選手に憧れていました。

そして、本気でプロのサッカー選手を目指していましたが、小学校3年生(9歳)のとき左足に違和感を感じ、運動会のリレー後に股関節付近に激痛が走り病院を受診。

病名は、骨のがん「骨肉腫」でした

骨肉腫は、悪性腫瘍癌で発生率は100万人に1人~2人で、10代後半の若年層に発症しやすく、原因は明らかではありません。

小田凱人さんは骨肉腫の切除の手術を受け、手術後2か月ほどは寝たきり状態、サッカーが大好きだったのに出来なくなった悔しさと足が痛いのが同時に訪れ、毎日泣いていたとのことです。

なんと病院での入院生活は9カ月にも及び、治療で行った抗がん剤は17回です。

その中でも弱音を一切言わず、10歳で車椅子生活になりました

長い入院生活から日常の生活へ。夢だったサッカー選手は諦めましたが、新たにテニスプレーヤーと言う夢を持ちました。

退院後は、実家で両親や兄弟からの全面的なサポートを受け、車椅子テニスを始めようと全力で頑張っていた小田凱人さん。

車椅子のテニスを始めてたったの4年しかたっていなかった時に、またも病魔が彼を襲います。骨肉腫と闘いは終わったかのように見えましが、これまでに2度も癌が肺に転移。今でも4カ月に1回は定期的に検査しています。

これからは、人工関節の再手術も必要とのこと。

幼い体を襲った骨肉腫。彼の生い立ちは、本当に壮絶すぎます。

まだ小学3年生で、これからやりたいことが沢山出来る時期。

どれほどの辛い痛みに耐え、治療を重ねてきたのか想像を絶します。

これほどの壮絶な時を、実家で両親はどんな思いで見てきたのでしょうか。

今の小田凱人選手は、実家の両親や家族の暖かい絆に支えられていたのですね。

小田凱人のプロフィールは?

小田凱人さんのプロフィールは以下の通りです。

  • 名前:小田 凱人(おだ ときと)
  • 生年月日:2006年5月8日(18歳)
  • 身長:175㎝
  • 出身地:愛知県一宮市
  • 中学校:愛知県一宮市立西成中学校
  • 高校:私立N高等学校(通信制)
  • 利き手:左

小田凱人さんは、ハーフではないか?と噂されていましたが、2006年5月8日生まれの愛知県一宮市出身ですので、ハーフではないですね。

身長は175㎝で写真で見ると本当に顔がハーフのような顔立ちで、長身の痩せ型のタイプの方ですね。

そして小田凱人さんはこのように育ってきました。

  • 2015年9歳の時に左足に骨肉腫を発症
  • 2012年車椅子テニス競技に出場した、国枝慎吾さんをテレビ中継で見た時に、大きな感動を覚えたそうです。
  • 入院中も担当医の先生から「パラスポーツを始めてみてはどうだろうか」と勧められたことがきっかけで、車椅子テニスに心を動かされ協議を始めることを決意しています。
  • 退院後は、本格的に車椅子テニスに取り組むために関係先を探し、練習場所を教えてもらったそうです。
  • 2020年ジュニアマスターズ国際大会で優勝
  • 2021年史上最年少で、車椅子テニスジュニア世界ランキング第1位
  • 2022年4月4日東海理化と所属契約を結ぶ
  • 2022年11月6日オランダで開催された車椅子年間王者決定戦
    NECマスターズでアルフィー・ヒューエット(イギリス)を見事破り、
    史上最年少世界年間王者となる

小田凱人さんの目標は、

  • 病気と闘う子供たちのヒーローになる
  • 史上最年少で世界シニアランキング1位になる

だそうですよ。

自分がこんなにも大変なのに、これだけの目標を持てるのは並大抵のことではないですね。

小田凱人の実家は?

小田凱人さんの実家は、愛知県一宮市にあります。

実家の庭には、車椅子でテニスが出来る練習場所があり、庭にはラインとネットがちゃんと準備され両親・姉や弟・友達とテニスを楽しんでいます。

実家で練習が出来る環境も、両親の愛情ですね。

小田凱人の両親はどんな人?

小田凱人さんの母親は苦難を小田選手と乗り越え、彼がテニスへの情熱を持てるきっかけを作ってくれています。

小田選手の試合には、いつも家族で一緒に応援に駆けつけていますね。

両親は、小田選手と挫折と成功を見守りながらずっと彼の傍にいました。

両親には、言いようのない強さがあります。

父親

小田凱人さんのお父さんは、一般人ですが職業や名前は公開されていませんでした

情報はありませんが、お父さんも小田凱人さんの力になり応援し支えているのでしょう。

母親

小田凱人さんの母親は、小田直子さんと言います。

栄光への坂道ダッシュで、母親はこのように語っています。

「楽しみを増やしてあげることしか、できなかった」と。

プロ野球選手を目指していた矢先に、思わぬ病魔に。

サッカーを諦めることになった、小田選手に一つでも楽しみを増やしてあげたい親心です。

小田凱人の兄弟は?

小田凱人さんには、姉と弟の小田桃次郎さんがいて実家で両親と一緒に生活しています。

桃次郎さんは、お兄さんの小田選手をとても慕っています。

大きな大会で成績を残し、新聞に載るとクラスメイトに自慢するほどです。

小田選手と弟さんの、貴重な家族との絆を深める時間は卓球です。

小田選手は、両親や姉・弟さんにいつも自分を支えてくれることを、試合後のスピーチで表現しています。

小田選手にとって、実家にいる両親や姉・弟さんがどんな困難なことも諦めず、前進する力を与えているのは、間違いないですね。

まとめ

小田凱人はハーフ?生い立ちが壮絶で実家や両親と題しまして、小田凱人さんの生い立ちや両親について紹介していきました。

まとめると、

  • 小田凱人さんは、車椅子のテニスプレーヤーとして活躍。
  • 小田凱人さんがハーフと思われる要因としては、整った顔立ちや凱人(ときと)いう名前から、もしかしたらハーフ?なのと思われていると考えられる。
  • 小学校3年生(9歳)の時左足に違和感を感じ、運動会のリレー後に股関節付近に激痛が走り病院を受診し、病名は骨のがん「骨肉腫」
  • 骨肉腫と闘いは終わったかのように見えましたが、これまでに2度も癌が肺に転移
  • 今でも、4カ月に1回は定期的に検査している。
  • これからは、人工関節の再手術も必要。

小田選手にとって、実家にいる両親・姉・弟さんが心のよりどころです。

最後まで読んでくださり有難うございました。